“地産地消”と“和”
ドーンデザイン研究所(東京都板橋区)を主宰する水戸岡鋭治氏(61)は、JR九州を中心に30を超す鉄道車両のデザインを手がけてきた。
斬新な作品は常に話題を呼び、世界最高とされる鉄道デザイン賞「ブルネル賞」をはじめ、優れた車両に与えられる国内外の鉄道賞の栄誉に輝いてきた。
中でも九州を走る800系新幹線「つばめ」は、水戸岡氏のデザインの集大成ともいえる車両なのだ。
平成16年3月13日、九州新幹線が新八代~鹿児島中央駅間(137.6キロ)で部分開業した。
純白の車体側面に走るベンガラ(赤)と山吹色(金)のライン、黒と漆色(赤)の屋根を持つ800系「つばめ」が九州の地を駆け抜けた。
日本古来の色を使った落ち着きのある外観と、内装に多くの自然材を取り入れた「和」のテイストが乗客の目を引いた。
東海道・山陽新幹線の700系を土台にしながら、先頭形状は特徴ある“カモノハシ”ではない。
最初の新幹線で機械遺産に認定されている0系のイメージを取り入れることで、〈新幹線の栄光の歴史と伝統を800系で受け継ぐことができる〉(水戸岡鋭治署「ぼくは『つばめ』のデザイナー」講談社)との狙いがあった。
また、九州にも縁の深かった伝統ある列車名「つばめ」の愛称を受け継ぐにあたり、2羽のツバメが飛び交う「初代つばめ」のヘッドマークを基に新しいマークを作成した。
800系は5代目に当たる。
内装には八代産の藺草(いぐさ)を束ねた洗面台の縄のれん、御簾(みす)のように上品な山桜材のブラインド、クスノキを使った車両間の妻壁…。
難燃加工した地元・九州産の天然木などが随所に使われた。
地元産の素材にこだわったことで、水戸岡氏は〈「つばめ」を、九州という地のアイデンティティを象徴する乗り物に仕立てようと試みた〉(国際交通安全学会編「デザインが『交通社会』を変える」技報堂出版)。
外観の白、赤、金の組み合わせも薩摩藩の船の旗印「日章旗」からとったという。
長い鉄道の歴史と九州の新幹線という個性を両立させ、さらに日本の伝統と最先端車両の近代性を併せ持つ車両が誕生した。
800系「つばめ」は日本産業デザイン振興会が主催する平成17年度のグッドデザイン商品に選定された。
その後、和や地産地消をテーマにした車両はJR東日本の「和(なごみ)」、京成電鉄の「新スカイライナー」、智頭急行の「スーパーはくと」に引き継がれた。
平成23年春の九州新幹線鹿児島ルート全線開業に合わせ、JR西日本が新大阪から乗り入れる新型新幹線の車両デザインは側面に藍と金のラインを配して、「日本的なもてなしの心地よさ」を表現することになった。
水戸岡氏は「公共デザイナーは公僕」が持論。
鉄道デザインの第一人者でありながら、クリエイターにありがちな威圧感はまったく感じさせない。
「予算、技術、スケジュールという条件の中で最も贅沢で最も豊かな物を多くの人に提供するのが仕事です」と言い切る。
「JR九州の車両はフェアプレーだから評価された。プラスチックより無垢の木を使ったテーブルの方が気持ちいい。コストやメンテナンスなど不都合な面は多いが、子供たちが五感で楽しめる車両をつくってあげたい」と穏やかに語る。
「1.5倍の予算がかかるとしても、『環境にやさしい心地よい車両が九州にいっぱい走っている』ということになればみんな乗りに来るはず。短期でみれば赤字でも中長期で見ればきっと黒字になる。JRは中長期で勝負できる会社なんですよ」
理想は高い。
【プロフィル】水戸岡鋭治
みとおか・えいじ 昭和22年、岡山県生まれの工業デザイナー。
サンデザイン(大阪)、STUDIO SILVIO COPPOLA(イタリア)を経て昭和47年、ドーンデザイン研究所を設立。
昭和63年、ホテル海の中道(福岡)のアートディレクションを務めた後、JR九州の車両や駅舎のデザインを手掛ける。
岡山電気軌道の路面電車「MOMO」や和歌山電鉄貴志川線の「いちご電車」など地方鉄道の再生にもかかわり、故郷の岡山県や長野県小布施市のまちづくりにも参加している。
JR九州デザイン顧問、両備グループデザイン顧問。
産経新聞より
関連記事